KAKULOG

“きっかけ作りの専門家” がお届けする、 心のことや、身体のこと。 「自分を知ることが人生を豊かにする」 を伝えるために活動しています。 慢性疼痛や生活動作/パフォーマンス改善のヒントが、 このブログで見つかりますように。 自分の核をぶらさずに 確実にヒントになる情報を 書きたいように書く そんなKAKULOG(カクログ)です。

木村美穂ってどんな人?

こんにちは。初めましての方も、お久しぶりの方も、昨日ぶりな方も
木村美穂です。

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ブログを移転して、いざ心機一転ちょっと情報発信にしっかり気合いを入れて
やっていこうと思ったので、改めて紹介記事を書かせてもらいますね。

※文字多めです

 

 

 

なにをしている人なのか?

まずみなさんだいたい気になるのが、私がなに屋さんなのか?
ということじゃないかな…と。
さっくり言うと、トレーナーです。

 

トレーナーってなんぞや。を動画で解説したものはコチラ


PowerPoint スライド ショー トレーナーとは? 2018 09 01 15 40 16


ですが実は、いまも一言で自分を形容するということに対して模索していて、
ゆうてしまえば「なんでも屋さん」で最終的には落ち着きたいです。(願望)

なぜかというと、相手の悩みにたいしていっぱい引き出しを持っていたいから。というなんとも大きな理由なんですが…
人様の身体と関わる仕事をしていて感じることは、みんなそれぞれ時間の経過や自分自身との関わり方が変化すると悩みも変わってきて、その人との信頼関係が築けていると、悩みが変わってもとりあえず相談してきてくれる。


私ならなんとかしてくれるんじゃないか…
そんな想いがあって来てくれる方もいれば、
ほかに誰に言っていいかわからないからまずは私に、なんてこともある。
そういった悩みひとつひとつにしっかり向き合って、
相手にとってのヒントが過不足なく伝えられるようになっていたい。
そんな気持ちでいます。

 

専門は運動療法です。
身体を見つめ直すということは、自分自身を見つめ直すということ。
自分がなにを、どうしたいのか感じて、
人生を豊かにするきっかけを作っています。

ということで今は身体の機能を高めることをセッションを通じてお伝えしていたり、講師として専門学校の教壇に立ったり、ワークショップも開催したりしてます。

  

どんな人生を送ってきたか?

ここからは私の自分史です、お恥ずかしながら…どうぞ。

 

学生時代〜整形外科時代



スポーツは中高とバレーボール部に所属し、
リベロ以外のポジションは一通り経験させてもらいました。
(文面から伝わっている方いるかもしれませんが、私身長176センチあるんです。ここ5年くらいでようやくコンプレックスに感じなくなってきました。)

高校を卒業後、トレーナー育成の専門学校へ入学し、2年間勉強も行事も楽しみました。
無事に現役で日本体育協会公認アスレティックトレーナー(現在は日本スポーツ協会)を取得し、
東京都内の整形外科クリニックの外来リハで働き始めます。
そこで初めて物理療法のことや、運動療法のいろはを教えてもらいました。
理学療法士柔道整復師、ナース、ドクター…自分が一緒にいたことのない人たちと同じ環境で指導をするということは、はじめはすごくプレッシャーだったのを覚えています。

非常に勉強熱心な方たちばかりだったので、
「医療従事者として(運動指導者として)、社会にでるって、
すごい大変じゃん…」と身にしみて感じた若干20歳でした。
根本的に非常に適当な性格にプラスして、
当時は試験勉強から解放されたという自由度から、
セミナー参加なんてしてなかったです。
基本から私に教えてくださった当時の先輩たちには今でも感謝しています。
だから正直に、学生から、もしくは社会人1年目からいろんな講習会に顔を出している人は、えらいなぁ…。

そして、整形外科クリニックで約2年間お世話になり、
患者さんとも打ち解け、職場の勝手もわかってきたころ、
もう少しお金稼ぎたいなぁと思うようになりました。
突っ込みどころしかない考え方の若造だったなぁ…と。
でもそんな要望にも真剣に取り合って下さった院長と事務長がいました。
しかし残念ながら、常勤をもう1人雇う余裕はないとの理由で、
私はクリニックを去る決意をします。
かといって、技術も知識も学生レベルの私は、
まだ自分が何もできないという現実を受け止められずにいました。
ふつうにタチ悪いです。
生活はしなきゃいけないし、運動指導者の就職口ってさほどなく…
ましてや前職より待遇がよくて…なんてそんな都合よく進むはずもなく。
まずは働かなければ駄目だ!と。

 

寄り道時代


実家近くの駅ビルでアパレル店員としては働き始めます。
準社員という制度に憧れて、入社。
想像を超える長時間労働、睡眠不足、小さなミスの連発で心が疲弊。
半年程勤めて、やはりきちんと学んだことを活かさなければいけない。
と、本気でフィットネス業界を探す。(この時なぜかリハビリではなかった)

 

女性専用フィットネスの社員枠で採用を頂き、
いざ身体をうごかすということの大事さを伝え始める。
女性専用なので、それはそれは多くのタイプの方に出会いました。
スタッフも女性しかいないので、いろんなトラブルもありました。
店舗によっては高級層の方もいらしてましたし、
セレブマダムへの接客で心臓鍛えられた感じはします。
ですが、その仕事はパーソナルレッスンを提供するのではなく、
メインはサーキットトレーニングの運営です。
加えて営業のプレッシャーもすごかったです。
いつのまにか、


つまんない…。専門知識がなくても、つける仕事じゃん。」

 

と思ってしまったんです。
そこでまた私の悪いくせがでます。
ちょうどその時、上司と揉めたり、スタッフから盗難の被害にあったりと、
いろんなことに対して不信感が強くつのり…


「会社やめます。」


ということで退社。その時はしっくりきてなかったんですよね。
でも、そんな中でもお客様でご連絡くださった方も、
ご飯に誘ってくださった方もいました。ありがたいです。

そんなこんなで次はリハビリ特化型デイサービスを運営する会社に入社します。
半日型デイで運動指導をすること…ももちろんやらせて頂いてましたが、
サービス提供者としての動きの方が8割を占めていました。
つまり傾聴とかレクとか、店舗の管理とかですね。
ここでの経験は、確実に活きています。


・高齢者がどんな身体をしているのか
介護保険の実情
・高齢者の心理


などなど学ばせていただきました。
会社自体はふたを開けたらブラックでしたが、今では感謝しています。
ですが、女だらけの職場には
もう二度と就職しないと決めたきっかけも、ここで働いた2年間があったからです。

 

人生の転機

 

そして、介護事業に携わるうちに、

「こうなる前に運動でもっとできることないかな?」
と思いはじめます。

そして転職活動ののち、脳神経外科クリニックの外来リハに入職します。
正直いって、ここが私の人生のターニングポイントだったと思います。

すっごく今更、ここで働き始めてやっと

私なにもできないぞ」と思い知るのです。

 

脳神経外科と整形外科もあったので、
リハビリに来る患者層は多岐にわたりました。
OT、ST、AT(ATC)、PT、健康運動実践指導者…
いろんなバックグラウンドを持つ方と医療に携わることができました。


ここで経験したことこそ、現代の日本医療においてのリハビリが
どうなっているのか直面する出来事だったし、
今わたしがやろうとしていること、やりたいことを
きちんと考えるきっかけにもなりました。


周りにいた同僚に刺激をうけて、
まだまだ知らないことを学んでいこうと思えたし、
「できないことや、知らないこと」を正直に伝えるには、
度胸がないとできないってことも学びました。

 

日本の医療保険のネガティブフェーズだと私は考えていますが、
当時、私自身が外来リハで活動を広げていくには、壁が高く、厚かったです。
もちろん共感して一緒に動いてくれた同僚たちもいました。
医療保険に頼っていては、
「健康になることへの価値」は周知できないと考えた私は、外来リハを退職します。

 

そして次にパーソナルトレーニングジムへ勤務することになりました。
私は基本的に「機能的に使えない筋肉はじゃま」と思っているタチなので、
ただ身体を大きくする方たちが集まるジムでは働きたくなく、
理念としては、コンディショニングも並行してセッションの中でできる施設で、
パーソナルトレーナー」としての一歩を踏み出します。
※外来でも個別に運動指導していましたが、ここでは自費なので、全くの別物です。


会社の経営陣が足しげく通うジムだったので、
社会的地位をもっている方たちへの対応を経験値として培うことができました。
これもまた、いろーんな方がいて。
自分では「健康だ」と思っている人たちばかりです。
そんな人に身体の機能があーでこーで…なんて言っても伝わらないんですよね。
めっちゃ悩みました。


結局のところ、「痛くなってみないと身体のことなんて考えない」っていうことですよね。ほとんどの人の場合が。


「もっと仕事でいっぱい書き物したいから疲れずにできる方法知りたいんだよ」
って人がいたとして、たいていの場合は固定観念なのか何なのか、
要望を聞いた時に脳内で

「筋肉ないから、筋トレ教えて」
って変換されてしまうんですね。


そこに飽きさせずに、さらに説得力をもたせて介入するスキルは
少なからず磨かれたと思います。
よっぽど痛みをその場で誘発できれば、
みんな間違ったトレーニングやめるのに。とさえ考えていました。(笑)
パーソナルトレーニングの難しいところは、そこですよね。
「本人のニーズ」に対しての結果を出して、
情報を過不足なく伝えていくということ。


結局は、信頼関係…という冒頭の話にもつながりますが。
そんなこんなで少しずつ私がやっていたことにも
理解を示してくれるようになったのですが、退職しました。


理由は簡単で、

「自分で時間の管理ができるようにしたかったから」

 

勉強したいことなんて山ほどあるし、
なんなら人生でやりたいことなんてまだほとんど達成できてないじゃん!
という思いが強かったので、会社員でいることをやめようと決意しました。
休み1日とるためにものすごい労力を必要とされていたので、
そんなの私の人生じゃないなー。と。

好きな人と、好きな場所で、好きな時間に、
好きなことをして生きるために、個人事業主になることを決めました。
2018年春からなので、駆け出しの1年生です。
正直いって、まだまだ理想形ではないです。
ですがおかげさまでクライアントとも良好な関係を築けています。ありがたいです。


ここまででひとまず、私が生きてきた道程を理解していただけたかとおもいます。

 

これからやっていくこと

 

人生はプロセスで、そのプロセスは学びである

といったお方がおられます。
その今は亡きある種変態(笑)が残したメソッドが、フェルデンクライスメソッド

 

今まさにそのプラクティショナーになるために学びが新たにスタートしました。
並行して、多くのことを吸収し、何度も何度もアウトプットすることで
まずはみんなに自分自身を幸せに、豊かにすることに気持ちを向かせてほしい。
その方法のひとつに、身体を見つめ直すということがあるんだと、知ってほしい。

私が行うセッションは、
気づきやまなびや振り返りの”きっかけ“を作ることを専門としています。

 

皆さま今後とも、よろしくお願いします!

それでは、また