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【ゴロゴロするだけでごきげんになるボディワーク】

非医療従事者が医療機関で働いた。そして気づいたこと

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こんにちは、きむらみほ(@mihoo176)です。

私は医療国家資格を持っているわけではありませんが、
幸運なことに病院勤務を経験する機会に恵まれていました。
その経験のおかげで視野も価値観も変わり、
現在は個人事業主として活動しています。

これはそんな私が、非医療従事者として医療機関に携わったことで
感じたことをつらつらと語る記事です。

備忘録として書き残しておきたいと思いますが、
もし私と同じ資格を持つ人たちが読んで下さったら
活動の選択肢が広がることに繋がればいいと願っています。

さらには日本の医療や健康に対する意識を
どうしたらより良くすることができるのか、
ぜひ一緒に考えるきっかけにしたいです。

 

※この記事は個人的な体験による考えです。
受診行為を否定するものではなく、生活に苦しむ方への攻撃的な意図や、
さまざまな事情をお持ちの方を傷つけるための文ではございません。
ご理解いただける方のみ、先にお進みくださいますようお願いいたします。

 

 

 

資格について

まず、なにかを語る前に医療従事者と非医療従事者とは何か。
単純に“資格”をボーダーラインとして、見ていきましょう。

まず、医療従事者(コメディカル含む)と呼ばれる資格は、
国家資格として存在します。

医師、歯科医師、薬剤師、看護師、理学療法士作業療法士
介護福祉士、歯科衛生士、義肢装具士臨床検査技師 などなどなど…



本当に多くの資格が存在し、それぞれが専門性をもって活動しています。
では非医療従事者にはどんな資格が存在するのでしょうか?

NATA−ATC、AT、健康運動指導士、ヘルパー、NSCA−CSCS、NSCA−CPT など

 

私は上記のうちのAT(アスレティックトレーナー)を保持しています。

誤解の無いように言っておきますが、
米国BOC−ATCアメリカでは立派な国家資格であり、
医療従事者として活躍しています。

日本ではATは立場がまだまだ確率されておらず、
リハビリの専門家である理学療法士同等の知識や技術を持っていても、
医療従事者としてはみなされません。

 

ですが運動療法を行う医療機関では、
ATが常駐して機能回復を担当することも珍しくなく、
私が務めていた脳神経外科にはアスレティックトレーナーが5人いました。

 

制度のお話

では、同じ医療機関に働いていても持つ資格によって
どんな違いが生じるのでしょうか?
国の制度=病院の方針 になってしまっているところが
リハビリ医療の大きな課題だと個人的には感じるばかりです。

医療保険について


私が一番記憶に新しい最期の会社員としての職場、
S脳神経外科をモデルに考えて見ましょう。

ここでの私の役割は外来リハビリテーション科で
運動療法をすることがメインでした。
同僚にはPT、OT、ST、健康運動指導士がいました。

病院はご存知の通り医療保険を利用できる場所なので、
リハビリをするのにも比較的安価で利用できます。

 

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もちろん、日々保険料を収めているので当然の権利ですよね。
しかし、そこには様々な課題が存在すると思わざるを得ません。
なぜ私がそのように感じたのか、記していきます。

 

リハビリの保険適応と患者の気持ち

医療機関でリハビリを行うには、当然のことながら医師からの診断が必要です。
症状に応じて診断名がつけられ、リハビリについての指示がでます。
まずここで物理療法なのか、PTが行う運動療法なのかで大きく分けられます。

理学療法のオーダーを受けた患者さんは、
理学療法士と協力して自分の身体を良くすることに集中します。

理学療法士が受け持つリハビリには保険点数が付くので、
病院は国に保険請求ができます。
これらが運動器リハや脳血管疾患リハと呼ばれるものです。

 

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ではPTとのリハビリの指示が出なかった方たちはというと…
多くの場合が消炎鎮痛処置といって、物理療法をメインとした治療を支持されます。

そこでいわゆる電気をかけたり、牽引をしたり、
といった治療行為がなされるというわけです。

どちらの保険適応で処置がなされるのかは、
医師の判断に最終的には委ねられます。 

カンファレンスを行い、療法士サイドから
患者さんにとってベストな方法を模索することも行なっていましたが。

 

さて、そこで私たちATは消炎鎮痛加算で運動へくる
患者層に対しての運動療法を行なっていました。
マシンの使い方〜セルフケアの指導やお悩み相談なんかも。

先ほども申し上げた通りATは保険治療はできませんが、
基本的には消炎鎮痛処置+αでの運動を指導する。
そして自己管理の自立を促すといったことが指導の主でした。

しかしこの運動指導に対しての対価は、ゼロです。
患者さんからすれば、「同じ値段で個別指導までしてもらえる」オイシイ状況。

きちんと予約で時間をもらって20分ないし40分で個別に運動指導をしたとて、
指導にかかった時間・知識(技術)・人間への付加価値は、
一切つかないということになります。


患者さんのことを考えたら、それがいいんじゃないの?

と思わず考えたくなってしまいます。ですが私はそうは感じていません。
理由は大きく3つあります。


①健康になる・健康であることの価値が見出せなくなってしまうから
②セラピストに依存してしまう人が増えるから
③施術の価値や重要性を広めることの妨げになるから

さて、これらを細かく説明して行く前に、
声を大にして伝えておきたいことがあります。

重要

患者さん、クライアントの心と身体の状態が改善、向上に向かったとしたら
それはその心と身体を持つその人自身が出した結果です。


セラピストは介入してはいても、決して勘違いしてはいけないのは
『私たちが直してあげます』という思考回路。

頼りにされると勘違いしてしまいますが、
それはただの驕りだと、私は思います。

ではいっこずつ、考察していきましょー。 

①健康になる・健康であることの価値が見出せなくなってしまう

身体を整えようと思った時に、自分ではできないことを
専門家に頼もうとするとお金がかかります。

もし自分の心と身体が“不健康”な状態に陥ったとき、
そこから自分の理想とする“健康”にたどり着くために
一円も支払わなくていいとしたら?
自分をよい方向に導くための時間と技術になんの価値も見出さなかったら?
はたしてそれは自分自身に敬意を払っていると言えるのでしょうか?

自分が価値を見出さないものに、真剣に取り組むのでしょうか?

S脳神経外科では、ATによるマンツーマンの運動処方には
「消炎鎮痛処置」として患者さんから加算をもらっていました。
よって当人たちは窓口で支払いが生じています。

だから「無料で」と思っている人は少なかったと、願っています。
それでも何百円の世界です。
これが安いと感じるか、高いと感じるかは
あなた次第。

 

②セラピストに依存してしまう人が増える

 

理学療法にしろ消炎鎮痛にしろ、
価格が安いということは、病院へ行って
機能訓練や運動をするハードルは下がります。

ですがそれが、セラピストへの依存を生むひとつの要因だと考えています。

この値段で、セラピストは親切にしてくれる。
話も聞いてくれる、わがままを言わせてくれる。
もし次また痛くなったら、この先生のところに来れば
同じようにしてくれる。

セラピストへの依存問題はなかなか闇が深く、
もちろん患者さん側にだけ要因があるのではなく、セラピストの接し方や
言葉の選び方にも注意が必要なのは言うまでもありません。

もし仮に1回の機能訓練指導が自費で行われていたとします。
経済的にはハードルは上がってしまうかもしれません。

しかしその高い金額分は、自分でしっかりやろうって思えませんか?
身体の調子が悪くなるとこんなにお金もかかるし、大変なんだって思えば
そう簡単に病院へ戻ってきたくなくなりませんか?

私だったら、次からは同じ金額払うんだったら健康を維持することへ力を注いだり
大好きなことをするために自分自身を整えておきたいと、そう考えると思います。

いわゆる予防医学であり、医療費の削減につながるのではないかと思うばかりです。


③施術の価値や重要性を広めることの妨げになるから


セラピストがセラピストとして活動していくということは、
どういうことなんでしょうか?

もちろん活動する目的は千差万別あって当たり前だと思います。
ですがよく耳にする悲しい声のひとつに

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「PTってマッサージしてくれる人?」
「ATってなに…?」

 

みたいな事を言われた経験がある方も多いのではないでしょうか。
今までの話と重複しますが、もし自分の身体を任せると決めた時
さらにはそこに安くはない費用がかかる時、リサーチしませんか?

どんな人が自分の身体に触れるのか?
どんなことをしている人なのか?
どんなことを期待するのか?

医療保険の枠から飛び出さずに活動をすればするほど、
自ら羽ばたける世界を狭めてしまっているように思えるのです。

特に冒頭でも言った通り、ATという職種はまだまだ認知度も低いです。
ケア体制の充実したアスリートやチームなんかでは知られていても、
世の中の大半はそうではない人たちです。

そんな社会層の人たちに知ってもらう努力を、私たちはしなければいけないし
そこでどんな貢献ができるかを考えていかなければいけないのです。

 

自費診療をしなかった経緯 

 ここまで書いてふと、思ったのですが。
私がこれほどまでに医療保険について疑問に思ったのは、
S脳神経外科の外来リハに来ていた方(消炎鎮痛処置)のほとんどは
後期高齢者でありながら「元気」な人が多かったからかと思います。

一般のスポーツクラブでも十分運動ができるくらいの、「元気」です。

 

私が務めていた間にも、
ATでの運動療法を自費診療でやろうという計画もありました。

時間でいくらと決めて、そこへの付加価値を自他ともに見いだすことで
モチベーションの底上げや職種の認知度を図ることを目的としていました。

しかし最終的な料金形態やしくみを決めたところで、
この話はおじゃんになります。

はじめは院長も自費診療化については乗り気で、
何度も話し合いを繰り返してきていました。
今までの消炎鎮痛加算での価格を踏まえるた上で
自費の価格設定はしてほしいとの方針でしたので、それに則って。

よし、いよいよ来月から告知をして体裁を整えて行こう!

となったある日のMTGでした。
経営に関しての発言力を持つスタッフがいたんです。
例の先輩ATCです。(ちなみにこの人週に1日しか出勤しない+主任は別にいる)
▼「お前は成功しない」と言った先輩ATCに触れた記事はこちら

www.cohplus.com

 

彼は経営の観点から、自費診療はやるべきではないと院長にプレゼン。
そして院長はそれを承諾、この企画はお蔵入りとなりました…。

その時にした議論は、つまりこういうことでした。

『消炎鎮痛処置のまま患者さんに運動してもらっていた方が
病院の利益が下がらないから』

『自費診療にして、今まで運動指導の予約を取っていた人が
来なくなってしまったら収益が落ちるから』

 

ちなみに、この時の計画では完全に消炎鎮痛を自費診療にする
ってことではなかったことは伝えておきます。
冒頭でもお伝えした、+αの運動療法について、です。

さぁ、あーでもないこーでもないとMTGを重ねてきていた
その他のスタッフがどう感じたかは、
容易に想像がつくのではないでしょうか。

KAKULOGを読んでくださっている方は私の性質がお分かりになるはず…(笑)

 

私がS脳神経外科の退職を考え始めたのは、この頃からでした。

現場の変化で一歩前に進むことができなければ、
その先の改革はないということですよね。


私が経営していたわけではなかったし、
今だからこそ言葉にできるようになってきたばかり。
視野が狭くならない努力は、今後も惜しまず続けたいと思います。

 

加算がとれればお給料がもらえる?

整形外科さんなど、私がいた施設以外にも見学に行かせてもらっていたり
同業で活動している人の話を聞いたりしてみました。
ATが常勤でいて、運動指導を行う施設も多くありますが、
思い切って聞いてみたことがあります。

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同じ運動指導をするのに、経験年数を差し引いてもPTとATでこんなにお給料が違うのはなんでですか?



すると帰ってきた答えは、

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保険点数をとれないと、お給料に加算するのは難しいんです…



利益に貢献できなければ、お給料がもらえないのは
当たり前なんじゃないかとも思います。
国家資格と、そうでないものとでは世の中的な価値って違うとも思うし。
現にできることの幅も違ってきますからね。

でもATだって取るのにお金かかってるんですよ〜(笑)
私は専門学校で勉強しましたけど、
ATCなんて大学出ないといけませんからね。

ちなみに、私が卒業した専門学校の学費はこんな感じ。
今とは少し変わっている点もあると思いますが。

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年間学費

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別途かかる費用

もちろんこの中に通学定期や実習へ向かう交通費などなどは
当然ながら入っていません。


かかったお金の回収は、しなきゃいけないと思うわけです。
そんなことも考えて、考えて、いろんな面でみた時に自分が幸せで、
かつ大事な人のために一生懸命になれる道を
さぐっていったわけです。

 

見えた世界

医療保険って、なければ苦しい。
でも使い方で人の健康に対する意識って変わるんだって思うんです。

最近は健康管理に対しての報酬が付与される制度もたくさん出てきていますよね。
それでもなお、人は自分のことって後回しになってしまいがちです。

それは私も一緒で、つい最近またひしとそう感じることがありました。
それについては後日更新予定です〜。

リハビリの世界でいえば、保険で診療するために
本来なら首を傾げたくなることも日常的に起こっています。
そんなことで、いいのかなって思うんですよね。

専門分野でない先生が、診断をくだしているということも…
脳神経外科の先生が整形疾患の診断を下すとかね)

 

起こってしまったことに他力本願で対処していくのではなくて、
もっとみんなが自分の身体と、心と対話することに興味を持つってことが
幸せに生きるコツなんじゃなーい?

ってのが
非医療従事者の私が、医療機関で働いて、見えた世界。

医療機関で働いたことは後悔していないし、
ここでの時間と出会いがあったからこそ自分の人生を見つめることができました。

今、私がこうして活動できているのも
ここでの経験があったからだと感謝しています・

とくに私と同じ資格(JAPO−AT)を持っている人は、
病院で働く機会はあれば逃して欲しくないし、
その経験を積めば、トレーナーとしてどうやって生活していくかが
見えてくるんじゃないかな〜と思います。

100人いたら、100通りの働き方があって当然。

もちろん私がみた世界が全てではないし
きっと専門の科によってもしくみって全然違うと思う。
むしろ私がいた世界なんてほんの一部。

もちろん医療職の人たちへのリスペクトはあります!
お互いに吸収し合いながら素敵な健康になる幸せを、
提案していきたいですね。

余談ですが…
以前PTの知り合いに

「PTはPTから技術や知識を教わりたい」

って言われたことがあるんですけど、
これって根深い本音なんでしょうかね…?(´-ω-`)

 

 

 

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